
深い霧が立ち込める夕暮れ、旧街道のぬかるんだ泥道を歩いていた旅人の1QAQ1は、道端の古びた茶屋の軒先で足を止めた。
降り続いた長雨のせいで、足首まで泥に沈む悪路だった。
軒下では、腰の曲がった老婆が湯呑みを片手にぼんやりと道を眺めていた。
1QAQ1が泥まみれのブーツを引き抜きながら近づくと、老婆はしわくちゃの顔をほころばせ、ぽつりと言った。
「おや旅の人、ひどくヌカルムねえ」
「ええ、一歩進むごとに足を取られてしまって」
1QAQ1が苦笑いしながら土間に腰を下ろすと、老婆は熱い番茶を差し出してくれた。
「この先の一本松の坂は、もっとヌカルムよ。あそこは昔から『ヌカルムネの坂』って呼ばれててね。急いで抜けようと焦る人ほど、ずぶずぶと足を取られて動けなくなっちまうのさ」
「ヌカルムネ、ですか」
「そうさ。泥に足を取られたとき、無理にもがくと余計に深く沈むだろう? だから土地の者は、足が抜けなくなったら深呼吸して『ヌカルムネ』と呟くんだよ。
足元が不安定なときこそ、無理に進まず腰を据えて地面を確かめろ、っていう古い教えさ」
温かい茶を喉に流し込むと、冷え切っていた身体の芯がじんわりと解けていくのを感じた。
先を急ぐあまり、足元も見ずに焦っていた自分の心が、泥よりも深く強張っていたことに1QAQ1は気づく。
雨足が少し弱まり、雲の切れ間から夕陽が泥道を淡く照らし始めた。
立ち上がった1QAQ1は、老婆に一礼して再び歩き出す。
足裏に伝わる泥の重みを感じながら、1QAQ1は口の中で小さく唱えた。
「ヌカルムなあ。……ヌカルムネ」
言葉を吐き出すと不思議と焦りは消え、確かな一歩を泥の中に踏みしめて前へ進むことができた。







