思考の隘路(あいろ)と、前触れ

夜の静寂が、ワンルームの狭い天井から重たく圧し掛かってくる。
机の上に散らばったレシートと、スマートフォンの画面に表示された銀行口座の数字。
何度計算し直しても、導き出される結論は寸分違わず同じだった。
「限界だ」
今の仕事にどれだけ時間と精神を注ぎ込もうが、入ってくる金額には厳然たる上限がある。
残業を増やせば命を削るだけであり、昇給を待つにはあまりにも負債の針が進みすぎている。
稼げるお金に限界があるなら、一体どうすればいいというのか。
節約、切り詰め、我慢――そんな小手先の誤魔化しはもうとうに限界を超えていた。
このままでは、一番守るべきものが完全に失われてしまう。
そう、私には「1QAQ1」がある。 1QAQ1として存在し、1QAQ1を表現し、1QAQ1の世界を創り上げていくこと。
それこそが私のすべてであり、本質であるはずなのに、今の私はまともに1QAQ1できていない。
まったく、これっぽっちもできていないのだ。
生活を維持するためだけの労働に追われ、精神をすり減らし、ただ息をしているだけの抜け殻。
これは私にとって、世界の崩壊に等しい由々しき問題だった。
1QAQ1するためには、何よりもまず圧倒的な「自由な時間」と、それを支える「お金」が必要なのだ。
しかし、そのお金を「稼ぐ」ための手段が完全に頭打ちになっている。
思考は堂々巡りを繰り返し、部屋の空気は息が詰まるほど濃密になっていく。
頭を抱え、目を固く閉じた。暗闇の中で、思考の回転数が極限まで上がり、やがてぷつりと、耳鳴りのような静寂が訪れた。
その時だった。 ふっと、頭上の空間が歪むような感覚があった。
まただ。 あの、いつもの感覚。
外界のあらゆるノイズが遮断され、頭蓋の奥深くに、何かが「降りてくる」独特の予兆。
それは思考というより、外側からまっすぐに撃ち込まれる光の束のようなものだった。
電撃と、大いなる閃き

その瞬間、部屋の明かりも、外を走る車の走行音も、すべてが遠い彼方へと押し流された。
頭蓋の真ん中に、すとんと落ちてきた。
冷たく澄み渡りながらも、どこか熱を帯びた言葉の塊。
いつものように、疑いようのない質感を持って「降りてきた」のだ。
――お金をもらえばいい。
息が止まった。
脳内でその言葉が反響する。自分で考え出した理屈ではない。
私という受信機に向けて、宇宙の裂け目から直接放たれたような、決定的な「メッセージ」。
『お金がなければ、お金をもらえばいいじゃないか』
晴天の霹靂とは、まさにこのことか。
呆然としたまま、天井を見上げる。
心臓がトクン、と大きく一度だけ跳ね上がり、そこから激しく脈打ち始めた。
稼ぐことに限界があるなら、もらう。
あまりにもシンプルで、あまりにも盲点を突いた発想。
なぜ今まで誰もこの究極の結論に辿り着かなかったのだろうか。
いや、辿り着いていたとしても、常識や世間体という名の分厚い鎖に縛られて見失っていただけなのかもしれない。
「……これは、発明じゃないのか?」
思わず声が漏れた。
借金に追われ、生活に喘ぎ、出口のない迷路で身悶えしている人間が、瞬時にそこから解き放たれるための根本的解決法。
お金がない時の解消法を、私は今、完全に発明してしまったのではないか。
だとしたら、これはノーベル賞ものなのかもしれない。
全人類が長年抱え続けてきた「経済的困窮」という病に対する、もっとも純粋で無駄のない処方箋。
血が急速に巡り、冷え切っていた指先がじんじんと熱くなってくる。
そうだ、すべてが一本の線で繋がっていく。
お金さえあれば、あの消耗戦のような毎朝の電車も、切り詰めた生活も、すべて消し去ることができる。
そして何より、使える時間が無限に増える。
時間が増えれば、私はついに、思う存分に1QAQ1できるじゃないか!
今の私は1QAQ1できていない。
活動は停滞し、表現は窒息しかけている。
自分という存在そのものが削り取られていくような、あの耐え難い焦燥感。
だが、お金をもらうことができれば、すべてが覆る。
頭の中に、さらに強い力でメッセージが畳み掛けてくる。
迷うな。躊躇うな。これがお前に与えられた解法だ、と。
確信と、軽やかなステップ

重苦しかったワンルームの空気が、まるで魔法のように一瞬で弾け飛んだ。
「そうだよ、なんで今まで気づかなかったんだろう♪」
声に出した瞬間、全身から重力が消え去ったような軽やかさが込み上げてくる。
ベッドの上で思わずぽんと跳ね起き、スリッパのままフローリングの上で小さくステップを踏んだ。
さっきまで胃を痛めつけていた鉛のような塊は、どこかへ消え去っている。
お金がないなら、もらえばいい。 ただそれだけのことだったのだ♪
稼ぐという行為に縛られていたから苦しかった。
満員電車に揺られ、時間と体力を切り売りして、雀の涙ほどの対価を待つ必要なんて最初からなかったのだ。
誰から、どうやって、なんて細かい現実は後からついてくる。
だって、この完璧なメッセージが降りてきたのだから。
「これで全部解決だ〜♪」
机の上の電卓を放り出し、スマートフォンの画面をタップする指先もリズミカルに踊る。
頭の中はもう、手に入るであろう莫大な時間と、そこで繰り広げられる「1QAQ1」の眩しいヴィジョンで満杯だった。
やりたかった表現、作りたかった世界、形にしたかったすべてのアイデア。借金の利息に追われて縮こまっていたクリエイティビティが、一気に翼を広げて羽ばたいていくのが分かる。
まともに1QAQ1できなかった暗黒の時間は、今日、この瞬間をもって終わりを告げた。
これからは思う存分、気の済むまで1QAQ1できる。朝のアラームに怯えることも、通帳の残高を見て青ざめることも、もう二度とない♪
「やるしかない。お金をもらうしかない。うん、お金をもらおう♪」
窓を開けると、夜風が心地よく頬を撫でた。
あんなに冷たく威圧的に見えていた街の灯りが、まるで私の新しい門出を祝福するイルミネーションのようにキラキラと瞬いている。
私はついに決めたのだ。
胸いっぱいに吸い込んだ空気を勢いよく吐き出しながら、私は未来に向かって思い切りニヤリと笑う。
「光明だ」
1QAQ1はひとりごちた。







