
あの頃の僕にとって、インターネットはまだ「誰かの生活の痕跡」が剥き出しで転がっている生々しい荒野でした。
今のように洗練されたSNSのタイムラインではなく、無機質な灰色の背景に緑や青のアンダーラインが引かれただけの簡素なリンク集。
管理人の個人的な日記の隅に貼られた「Web拍手」や、今宵の訪問者数を告げるキリ番のカウンター。そんな牧歌的な片隅のすぐ隣に、あの洒落怖の集積地は口を開けていました。
投稿者たちの語り口は、作家気取りの飾った文章などではなく、どこかぶっきらぼうで、事実だけを淡々と書き留めたような生硬さがありました。
「これは僕の田舎の話なんですが」「特定を避けるために一部フェイクを入れます」といった決まり文句。
そのぎこちない前置きこそが、画面の向こうに実在する生身の人間が、本当に体験してしまった異常事態の気配を濃厚に漂わせていたのです。
夜が更けるにつれて、スレッドの進行速度は落ちていきます。午前三時を回り、ダイヤルアップ接続の残り時間を気にしながら画面を更新すると、ぽつりと新しい体験談が投下される。
「まだ起きてる人いるかな。変なものを見ちゃったかもしれない」
その一行が画面に現れた瞬間の、心臓が跳ね上がるような緊張感を今でも鮮明に覚えています。
自分と同じように、日本中のどこかの暗い部屋で、液晶の光に顔を照らされながら息を潜めている名もなき誰かがいる。その奇妙な連帯感と、今まさにリアルタイムで異界と接続してしまっているという悪寒。
読み終えてブラウザを閉じたあとも、現実の世界はすんなりとは戻ってきてくれませんでした。パソコンの電源を落とした瞬間、部屋を支配する圧倒的な静寂。
さっきまで耳を澄ませていたハードディスクのシーク音が消え去ると、今度は家中の軋みや、遠くを走る車のエンジン音が異様な解像度で耳に飛び込んできます。
布団を頭から被り、息を殺しながら、僕は「洒落柿」という言葉を反芻していました。
恐怖を和らげるための呪文のように、頭の中で何度もその風雅な偽りの名前を呟いてみるのです。これはただの干し柿の話だ、京都の古い和菓子の話なのだと、自分に言い聞かせるように。
しかし、一度剥がれてしまった現実の皮は元には戻りません。「怖」という文字の持つ鋭角な刃が頭の裏側をちくちくと突き刺し続け、結局そのまま朝の光が障子を白く染めるまで眠れずに過ごすことになります。
大人になり、手のひらの小さな画面で無数の怪談を気軽に読めるようになった今でも、ふとした拍子にあの日と同じ、本物の戦慄が背筋を駆け上がることがあります。
深夜、ベッドの中でスクロールする指がピタリと止まる。何気なく読み進めていた文章の端々に、理屈や考察では到底説明のつかない生々しい異常さを嗅ぎ取ってしまった瞬間、部屋の空気が急激に冷え込んでいくのを感じるのです。
年を重ねてどれだけ知識が増えても、得体の知れない闇に対する根源的な恐怖は、少しも色褪せてなどいませんでした。
僕たちが安全だと信じ込んでいるこの日常も、かつて僕が「洒落怖」に被せていた「洒落柿」という薄皮一枚のようなものに過ぎないのかもしれません。
何かの拍子にそのフィルターがぽろりと剥がれ落ちたとき、目の前に広がるのは、あの頃と何も変わらない、救いようのない底なしの闇なのだと――そう思い知らされるたび、今でも僕の喉の奥は、あの夜とまったく同じように渇いてしまうのです。







