甘口か辛口かそれが問題なんだ ~甘辛口問題~

夜のスーパーマーケットの蛍光灯は、決断を迫る裁判官のように冷淡だ。

仕事帰りの乾いた喉と、胃袋をきりきりと締め付けるような空腹を抱え、俺は惣菜コーナーの半額シール争奪戦にも、彩り豊かな弁当エリアにも脇目を振らず、ただひたすらにカレールーの陳列棚の前で立ち尽くしていた。

冷気が足元を這い回り、革靴の底からじわじわと体温を奪っていく。

手の中にあるプラスチックのカゴには、ずっしりとした手応えとともに、玉ねぎ、人参、泥付きのメークイン、そして普段なら躊躇するはずの国産牛角切り肉が、今夜の主役を待つ舞台装置のように整然と収まっている。役

者は揃った。あとはこの混沌たる煮込み劇のトーンを決定づける指揮者、カレールーを壇上に上げるだけだ。

だが、ここから爪先ひとつ動かせない。

左手にあるのは、漆黒の背景に金文字が鋭く輝く、本格スパイスを謳った辛口の箱だ。

焙煎されたカルダモン、鼻腔を突き抜けるクミンの野性味、一口ごとに毛穴が開き、額に汗が滲むような圧倒的高揚感。理不尽な会議と擦り切れるようなメール対応で泥のように淀んだ脳髄を、強引に覚醒させるにはどう考えても刺激的な夜が必要だ。

大人たるもの、世間の荒波をスパイスの刺激でねじ伏せ、舌の上でパチパチと弾ける熱狂を噛み締めて眠りにつくべきではないのか。

痛覚に近いあの辛みこそが、今夜を生き抜いた戦士への勲章ではないか。

しかし、右手に伸びる視線の先には、どこか夕暮れの台所を思わせる、暖色に彩られた甘口の箱が佇んでいる。

すりおろしリンゴと黄金色のハチミツが溶け合う、圧倒的な母性の包容力。子どもの頃、泥だらけになって帰った家で、湯気の向こうから漂ってきたあの無条件の肯定。

今日という一日、すり減らしたのはプライドだけではない。心そのものが砂漠のように乾ききっているのだ。

疲弊しきった内臓に、わざわざカプサイシンの鞭を打つ必要があるだろうか。

今夜の俺に必要なのは、責め立てる刺激ではなく、すべてを優しく包み込んで「もう頑張らなくていい」と囁いてくれる、あのまろやかな逃避行なのではないか。

辛さで自分を奮い立たせるのか、甘さで自分を徹底的に甘やかすのか。

これは単なる味覚の二者択一ではない。

明日という朝を、唇を引き結んだ鋭い顔で迎えるのか、それともすべてを許された安らかな顔で目覚めるのかという、実存的な姿勢を問う内面戦争だ。

「間を取って中辛」という、誰もが選びがちな大人の知恵、ぬるま湯のような妥協案は、今夜の俺の美学が許さない。

真ん中を選んだ瞬間に、自分の中の大切な切っ先が鈍ってしまう気がするのだ。

白か黒か、情熱か癒やしか、攻撃か受容か。

店内を漂う乾燥した空気の中で、時計の針は容赦なく午後九時を回ろうとしている。

遠くのスピーカーから、退店を促す『蛍の光』の切ないメロディが流れ始める前に、俺はこの陳列棚の前で魂の審判を下さねばならない。

甘口か、辛口か。

シェイクスピアもカゴを提げて立ち尽くすであろう、それが今夜最大の、そして唯一の問題なのだ。

甘口か辛口かそれが問題なんだ。

甘口か辛口かそれが問題なんだ

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