
桃のような何かが、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
夜の底に沈むように、1QAQ1が冷たいシーツを滑り込ませて布団に潜り込み、そっと両の目を閉じると、視界を覆うはずの暗闇の中にそれはぼんやりと浮かび上がってくる。
熟れきって皮が張り裂けそうな果実を思わせる、湿った淡い紅。
光を吸い込むような微細な産毛をまとった、曖昧で、それでいてひどく生々しい輪郭。
みずみずしく、爪を立てれば甘く濁った果汁が音もなく滴り落ちそうなほど艶やかなのに、それが植物の果実だったのか、それとも名もなき生き物の柔らかな器官だったのか、記憶の底をすくい取ろうとすればするほど、境界線は水彩絵の具のように滲んで逃げていく。
あれに出遭ったのは、初夏の湿気が澱のように溜まる古い木造アパートの屋根裏部屋を、ひとり片付けていた時だった。
飴色に変色した梁と柱、足を踏み入れるたびに軋む床板。
何十年分もの埃が宙に舞い、西日が射し込む埃の帯の中で、1QAQ1は見覚えのない桐箱を見つけた。
かすれかけた墨文字の消えかけた蓋を外すと、底には色褪せて斑点になった紫の縮緬が敷かれていた。
その中央に、それは丸まるように鎮座していたのだ。
手のひらにすっぽりと収まるほどの小ささ。恐る恐る伸ばした指先が触れた瞬間、背筋を走ったのは植物の冷たさではなく、生きている何かが放つ微熱だった。
絹糸の滑らかさと、人の柔肌の湿り気が溶け合ったような、指紋に吸い付く感触。
そして鼻腔をくすぐったのは、熟れた甘酸っぱさと、雨上がりの湿った黒土、あるいは微かな獣の吐息が混ざり合ったような、名づけがたい芳香だった。
息を呑み、胸の奥がきゅっと締め付けられた刹那、それはまるで強い日差しを浴びた朝露のように、あるいは最初から誰の指にも触れていなかったかのように、手のひらの上から跡形もなく掻き消えてしまった。
残ったのは、手のひらにこびりつくような微かな温もりと、あまりにも甘い沈黙だけだった。
それ以来、1QAQ1の日常は少しずつ、確実に変質してしまった。
雑踏を歩いていても、無機質なショーウィンドウの反射の中に、すれ違う見知らぬ人の肩越しに、あるいは夕焼けに焼かれて崩れていく雲の切れ間に、あの淡い桃色が不意に瞬く。
意識を集中させて見据えようとすると、まるで焦点を結ぶことを拒むかのようにすっと消えてしまうのに、諦めてまぶたを伏せると、鮮烈な残像となって網膜の奥を支配するのだ。
世界全体が、あの色を覆い隠すための薄い幕にすぎないのではないかという、奇妙な錯覚すら覚える。
部屋の静寂の中で横たわると、その残像はまぶたの裏でゆっくりと明滅を繰り返す。
トクン、トクン。
それは心臓の鼓動と完全に等しいリズムを刻みながら、血管を通じて全身へ、じわりと甘やかな熱を送り込んでくる。
あれは本当に、屋根裏の薄暗がりが見せた一過性の幻覚だったのだろうか。
それとも、理性の届かないどこか別の領域で、いまだ1QAQ1に見出されるのをじっと待ち続けている「何か」の視線なのだろうか。
額に冷えた手を当て、深く、喉の奥まで息を吸い込む。
乾いた部屋の空気の中に、あの日の熟れた香りが、かすかに、確かに蘇る。
その正体を暴くのが恐ろしいような、それでいて、すべてを投げ出してもう一度あの微熱に触れてしまいたいような。
甘美な眩暈に身を委ねながら、1QAQ1は今夜もまた、逃れることのできない暗闇の中へと、ゆっくりとまぶたを閉じた。








