コツは、こまめに休憩に行くこと。

コツは、こまめに休憩に行くこと。

新人の頃、フロアの席で一人だけ圧倒的に穏やかな顔をして定時退社を繰り返していた先輩がいた。

佐々木さん。

年は四十手前、白髪交じりの短髪に、よく日に焼けた穏やかな顔つきの、背筋だけが妙にしゃんとした人だった。

当時の私は、キーボードに指を貼り付け、モニターの一点を凝視し続けることこそが「誠実な労働」だと信じて疑わなかった。

朝から晩まで椅子に座り続け、昼休みはデスクでパンをかじり、終業のチャイムが鳴る頃には肩が石のように凝り固まっていて、それでも「頑張った」という満足感で一日を終えていた。

だが、張り詰めた糸はいつか必ず切れる。

入社二年目の秋、連日深夜までの企画書を続けていたある日の夕方だった。

「送信」ボタンを押した次の瞬間、視界が一瞬だけ真っ白に飛んで、気づけば頬がデスクの端に押し付けられていた。

タイピングのミスも、ここ数日はまるで辞書を引いたように急増していた。

画面の中の文字列は意味をなくした記号の羅列と化し、同じ行を三回読んでも頭に入ってこない。

佐々木さんは違った。

あの人は一時間に一度、まるで潮が引くようにすっと席を立つ。

給湯室で丁寧にお茶を淹れ、復路でオフィスの大きな窓の前で止まり、ぼんやりと空の雲の流れを追う。

ときには非常階段の踊り場まで足を運び、背筋をゆっくり伸ばす。時間にして、わずかに五分。

だが、一分の余分もないように見えた彼の席に戻ると、不思議なほど空気が澄んでいた。

マウスを持つ指の所作が滑らかになり、声のトーンが柔らかくなり、提出する資料の質までが一段上がっている。

「ああ、さっき休憩したな」と私は気づかないふりをして、内心舌を巻いたものだ。

休憩中の佐々木さんの後ろ姿は、いつも穏やかだった。

缶コーヒーではなく、必ず湯呑みの緑茶。給湯室の水道の前で、茶葉を蒸らす数十秒を惜しみなく使う。

湯気が立ち上るのを見つめて、深い呼吸を一つ。計量カップのメモリを目安に注ぎ、ゆっくりと自分のデスクまで戻ってくる。

ある日、休憩のタイミングで私も誘われて、初めて「五分」の意味を教わった。

「人間の集中力なんて、せいぜい四十分が限界なんだよ。無理に粘って質を落とすより、脳のメモリを一度リセットする。席を立つのはサボりじゃなくて、次に走るための助走さ」

佐々木さんは湯気の向こう側で、そう言いながら薄く笑った。

「走者は、ゴールまで一直線にダッシュなんかしない。スタートの前に一度大きく背伸びをして、呼吸を整え、靴紐を締め直す。労働も同じさ。長く走る人間ほど、こまめに歩みを止める。止まることを知ってるやつが、最後まで走り切るんだ」

その日から、私は習慣を少しばかり変えた。

タスクの細かな区切りごとに、深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。

オフィスの喧騒から一歩離れ、給湯室の冷たい水で喉を潤し、窓の向こうの遠くに街並みや、流れる雲や、名も知らぬビルの屋上を見送る。

たった五分の空白。 されど五分の空白。

席に戻ったときに、ふっと魔法のようにアイデアが降ってくることがある。

行き詰まっていた企画のロジックが、一瞬で解けることがある。

難しくて眠れなかった案件の突破口が、珈琲の蒸気の中にひらひらと舞う蝶のように現れては消える。

午後三時。集中力がふと途切れかけたのを、額に走る微弱な鈍重感が教えてくれた。

私はノートパソコンの画面を軽く閉じ、MacBookの閉じ音がオフィスに小さな波紋を落とす。

深く、長く息を吸い込む。

マグカップをデスクの端からそっと持ち上げる。中身は麦茶。

佐々木さんの真似ではなく、私がたどり着いた、今の自分のための昼食より何より大切な一杯。

給湯室まで、あと十五歩。

十五歩のあいだに、私は今日の自分に起こったあらゆる小さな問題をそっと手放す。

煮詰まっていた企画書のロジック。クライアントから戻ってきた、赤入れの入ったPDF。今朝、上司からふっと投げかけられた、意味深な言葉の真意。

給湯室の扉を引く。

冷たい蛇口の水を、マグカップの縁に沿って静かに注ぐ。泡が小さく立ち、消える。麦茶の淡い琥珀色が、室温の水と混ざり合い、ふわりと広がる。

湯気ではない。ただの冷たい麦茶。 それでも、佐々木さんの言葉通り、今この一杯は私にとって「長く走るための助走」になる。

窓の外には、秋の午後の光が街に柔らかく降り注いでいる。

遠くのビルの屋上で作業する設備員の影が小さく見えた。

信号機の青と赤が、整然と入れ替わる。公園のベンチで、日向ぼっこをする老人のシルエットが、午睡に身を委ねている。

仕事の世界から、機械的に一歩外へ。

私はその境界線の上に静かに立ち、五分間の空白を全身に浴びる。

目を細め、風通しのないオフィスの冷たい外気よりももう一段遠い、都市の生きた呼吸を肺の奥まで吸い込む。

あの頃、カチコチの肩で一日を終えていた私。 「誠実さとは、椅子に座り続けることだ」と信じていた私。

今、窓辺に立つこの瞬間が、たった一日の労働のなかで、最も誠実な一手だと知っている。

佐々木さんはもういない。 けれど、彼が教えてくれた五分間の儀式は、私の血肉となって脈打ち続ける。

マグカップの縁に口をつけ、ゆっくり嚥下する。冷たいのに、どこかほっとする。

十五歩歩いて、デスクに戻る。

椅子に腰を下ろし、ノートパソコンをそっと開く。 画面の中のカーソルが、静かに点滅を繰り返している。

さあ、まだ走ろう。

コツは、こまめに休憩に行くこと。

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