
お金が欲しくてたまらないのに、ちっとも貯まらない。
擦り切れた通帳の最新行、そこに印字された無機質な残高の数字を見つめながら、部屋の薄暗がりに向かって重たい息をひとつ吐き出した。
ドットプリンタで刻まれたその桁数は、まるで自分の人間としての器の小ささを宣告する判決文のように、冷淡にそこへ佇んでいる。
給料日を迎えるたび、今月こそはと鏡の中の自分に固く誓うのだ。
無駄な衝動買いは絶対にしない。
コンビニのレジ横のホットスナックには目もくれない。
外食は週に一度、いや二週間に一度に抑える。
惰性で契約したままの動画サブスクも解約する。
そうして不透明な将来に怯えずに済むだけの、安心という名の分厚い防壁を、この薄っぺらい紙切れの上に少しずつ積み上げていくはずだった。
だが、現実はどこまでも滑稽で、救いようがない。
「将来への自己投資」という立派な大義名分を掲げてまとめ買いし、一度も背表紙を割られることなく埃をかぶるビジネス書のピラミッド。
「自炊して食費を劇的に浮かす」と意気込み、清水の舞台から飛び降りる覚悟でポチった、
今やキッチンのオブジェと化した高機能な無水調理鍋。
理不尽な上司の小言に耐えた自分への「正当な報酬」として購入した、履く機会のほとんどない限定スニーカー。
そして、深夜残業で終電を逃し、疲弊しきった身体を投げ込むようにして乗ったタクシーの、皺くちゃになった領収書の山。
お金を増やしたい、
経済的な自由を手に入れてもっと豊かになりたいと強く願えば願うほど、胸の奥底で渦巻く焦燥感を埋め立てるかのように、指の隙間から紙幣がさらさらとこぼれ落ちていく。
渇ききった砂漠の真ん中で、喉の痛みに耐えかねて塩水をがぶ飲みし、その結果さらに激しい渇きに悶絶する遭難者――今の自分は、まさにその哀れな道化そのものだった。
無意識に親指を動かし、スマートフォンの画面をスワイプする。
青白い光を放つディスプレイの中では、オンラインショップの買い物かごや「あとで買う」リストに放り込まれたままの最新ガジェットたちが、艶やかな光沢を放ちながら「これを手に入れれば、あなたの生活はもっと洗練される」と妖しく手招きしている。
タイムセールの残り時間を告げる赤いタイマーが、一秒ごとに私の意志を削り取っていく。
一体、私が本当に欲しいものは何なのだろうか。
財布を厚くする紙切れや、銀行のサーバーに保管されたデータの桁数そのものなのか。
それとも、お金という万能の盾があれば手に入るはずの、明日の生活に怯えなくて済む、あの揺るぎない心の余裕なのだろうか。
それを手に入れるための手段として選ぶ買い物が、かえって理想の自分を遠ざけているという残酷なパラドックス。
際限のない欲望と、あまりにもみすぼらしい現実とのシーソーゲームに疲れ果て、私はたまらずスマートフォンの画面を机の上に伏せた。
部屋を支配する静寂の中、マグカップの底に残っていた、すっかり冷めきって酸味の浮いたインスタントコーヒーを一気に喉へと流し込む。
苦味とともに胸の奥へと落ちていくその冷たさは、渇望に狂いかけた頭を冷やすには、あまりにも頼りなく、ひどく苦いだけだった。







