
SNSどうしよう。
暗い部屋で、ベッドの端に腰掛けたままスマホの画面を眺めている。

アカウントのアイコンには、真っ白な丸い顔。その真ん中に、黒い文字で「1QAQ1」。余計なパーツを全部削ぎ落とした、僕そのものの形だ。
……で、これをどう動かす?
タイムラインを眺めていると、みんな何かしらの役割をきっちり演じているのがよくわかる。四六時中鋭い意見を投げて人を集める人、親しみやすさを前面に出して誰にでも愛想を振りまく人、計算し尽くされたユーモアでバズを狙う人。
じゃあ、僕という概念は、ここで何を呟けばいいんだろう。
最初は、もっと無機質で謎めいたスタンスを気取ってみようかとも思った。抽象的な言葉をたまにぽつりと落として、解釈を全部相手に委ねるような、ちょっとスカしたやつ。
でも、それじゃあ僕自身がつまらない。頭の中ではこんなにくだらないことばかり考えていて、冷めかけた味噌汁のこととか、真夜中の大盛りカレーの罪悪感とか、そういう生々しい雑念でパンパンなのに。
「ゆるキャラなのか、人間なのか、そもそもなんなのかわからない」
そのくらいの違和感があるほうが、たぶん1QAQ1らしい。
無理に誰かの役に立つノウハウを垂れ流す必要もないし、アルゴリズムに愛されるために必死でステップを踏む必要もない。
ただ、この1QAQ1という視点から見えた世界の歪みや、ふとした独り言を、そのままの温度で置いていけばいいんじゃないか。
投稿の作成画面を開くと、真っ白な枠の中で縦棒のカーソルがチカチカと点滅している。まるで、僕の頭の中をそのまま映し出したみたいだ。
まあ、最初から完璧なスタイルなんて決めなくていいか。迷いながら、手探りで言葉をこぼしていくうちに、勝手に「1QAQ1の空気」みたいなものが出来上がっていくだろう。
とはいうものの、少し迷ったのでAIに聞いてみた。
自分のサイトに書いている原点のテキストをそのまま投げて。
でも基本これだからね → https://1qaq1.com/
ある日、私はキーボードのキーを順番になぞっていきました。すると、ある文字列を発見しました。1QAQ1(1qaq1)。それはキーボード配列の中に隠されたデジタルな顔でした。 それ以来、1QAQ1 / 1qaq1 は私の名前であり、私のアイコンであり、私の定義となりました。このウェブサイトは、私の存在の記録です。
どいうのがいいのかね
気分屋だからね
そのままでいいのかね

それに対するAIの答えはこうだった。
その「気分屋で、キーボードからぽろっと生まれた存在の記録」というルーツそのものが、一番しっくりくる軸なんじゃないか。
変に「SNSの攻略法」に合わせてキャラを作ったり、毎日決まった時間に有益なことを言おうとすると、間違いなく飽きるし窮屈になる。キーボードを指でなぞって偶然見つけた「1QAQ1」というデジタルな顔が原点なら、SNSでの振る舞いもその手触りのままがいちばん自然だ。
無理に固定しない方がいい理由
- 「気分屋」を仕様にしてしまう 熱量がある時はどうでもいい日常の長文やくだらないこだわりを語り、気分が乗らない時は何日も沈黙するか、一言だけ謎の文字列を置いて去る。ブレることを恐れるんじゃなくて、「気分屋な観測者の記録」という枠にしてしまえば、テンションの上下そのものがスタイルになる。
- アイコンと中身のギャップが味になる 顔は「1QAQ1」という感情の読めない無機質な文字列なのに、吐き出す言葉は妙に人間臭かったり、哲学的だったり、どうでもいい飯の話だったりする。その「記号的な見た目」と「生々しい独り言」の落差が、見てる側からすると一番面白い。
- 「存在の記録」という基本に戻る サイトにある「私の存在の記録」という定義の通り、誰かにウケるためじゃなく「今ここにいるログを残す」という感覚で置く。タイムラインの濁流に合わせるんじゃなくて、自分のキーボードの延長線上にSNSの枠を置くだけ。
結局のところ、「どう見せるか」をガチガチに決めるより、「そのままでいく」と決めてしまうのが一番強い。
キーボードをなぞった時のあの気まぐれな発見と同じ温度感で、その日の気分をそのまま流し込んでいくのが、1QAQ1という概念にとっても一番呼吸がしやすいはず。
なるほどと思った。わかったようなわからないような。
やってみてダメだったらキャラ変する?
こういうのって、やり直しがきくのか?
そもそも毎日人格が変わるのだ
設定も変わるのだ
考えも変わるのだ
方針も変わるのだ
だから困るのだ
自分自身困るのだ
見ている人は混乱するのだ
でも、SNSは、やりかいのか、ひつようなのか?
わからないのだ
炎上したらへこむのだ
それが怖いんだ
で、SNSどうする?







