
トイレでガリガリアイスを食べるしかない。
そう覚悟を決めた僕は、コンビニの袋からソーダ色のアイスバーを取り出し、個室の鍵をカチャリと閉めた。
換気扇の低い唸り声だけが響く、会社の一番奥にある狭い個室。
便座の蓋を下ろし、その上に腰掛けて、銀色のフィルムを静かに破る。
冷気がふわっと立ち上り、どこか人工的で甘いソーダの香りが鼻腔をくすぐった。
オフィスに戻れば、鳴り止まない電話と、終わりの見えない修正依頼と、ため息ばかりつく先輩の背中が待っている。
フロアの休憩スペースに座っていれば「手が空いてるならこれやって」と声がかかるし、給湯室に逃げ込めば噂話の標的にされる。息が詰まりそうな猛暑の午後、誰の視線も届かないこの一平米の空間だけが、僕に残された唯一の聖域だった。
ガリッと、奥歯で氷の塊を砕く。
頭の芯にキーンと鋭い痛みが走り、熱を帯びてショート寸前だった脳みそが強制冷却されていく。
チープな甘みと、舌の上で急速に溶けていく氷の粒。
咀嚼音が狭い個室に響かないよう、慎重に口を閉じたまま、冷たい塊を喉の奥へと滑り込ませた。
外の世界では、社会人としての常識や要領の良さが求められ、僕はいつも落第点ばかり取っている。
けれど、この薄暗い密室でアイスをかじっている数分間だけは、誰の期待にも応えなくていい。
残り少なくなったアイスを木の棒からこそげ落とし、最後の一口を飲み干す。
木べらに残った冷たさを名残惜しく舐めてから、僕は深く息を吐き出した。
ポケットからハンカチを出して口元を拭き、立ち上がる。
水を流すレバーを回すと、ジャーッという豪快な音が静寂を塗りつぶした。
少しだけ軽くなった頭で鍵を開け、僕は再び、あの灼熱の現実へと足を踏み出していった。








