
これじゃないとダメなんだ。
引き出しの奥から引っ張り出した、軸の塗装が剥げかけた一本の安物の黒い油性ボールペンを握りしめ、僕は机に向かった。
最新のデジタルタブレットも、滑らかさを極めた高級万年筆も、この机の上には揃っている。
けれど、思考が泥のように淀み、どうしても言葉が出てこない深夜、僕の右手が求めるのは決まってこの使い古されたプラスチックの軸だった。
百円均一で三本組で売られているような、何の変哲もないペン。
クリップ部分はとっくに折れ、ラバーグリップは手の熱で少し変色している。
紙の上にペン先を落とし、力を込めて走らせる。
カリカリと紙の繊維を削るような、硬くて無骨な感触。
インクが掠れそうになるたび、指先に余計な圧をかける。
その摩擦の重みこそが、僕の散らかった意識を紙の上へと引きずり戻してくれる錨のような役割を果たしていた。
画面を滑るスタイラスペンでは軽すぎる。
万年筆のスムーズな書き味では、僕の迷いがそのまま流れて消えてしまう。
この引っかかるような抵抗感の中でしか、生まれない言葉があるのだ。
大学の講義ノートを取っていた時も、就職活動のエントリーシートの下書きをしていた時も、そして初めて書いた原稿用紙をボツにされた夜も、指のタコに食い込んでいたのはいつもこの硬い軸だった。
インクの匂いと、プラスチックの冷たさ。僕が積み重ねてきた迷いや焦燥の記憶が、この一本の芯に凝縮されている。
替え芯を何度も入れ替えながら、ここまで付き合ってきた。
カツ、カツと深夜の部屋にペン先の乾いた音が響く。
掠れかけた黒い線が、やがて確かな輪郭を持って一行の文章を紡ぎ出した。
滑らかで便利な世界からあえて一歩退き、無骨な感触を信じる。
僕が僕であるための輪郭をなぞるように、ペン先は再び白い紙の海へと沈んでいった。








