
今日は土曜日。
遮光カーテンの隙間から差し込む光の角度が、いつもよりずいぶんと高い位置にあるのを見て、僕は時計を見ずともその事実を確信した。
アラームの鳴らない朝というのは、世界全体の摩擦係数が一段階下がったかのように静かで、滑らかだ。
平日の朝を支配しているあの焦燥感も、電車の発車ベルも、ネクタイを締める手の強張りも、この部屋には届かない。
ベッドの中でゆっくりと手足を伸ばすと、シーツが微かに擦れる音が心地よく耳をくすぐった。
起き上がる理由は何ひとつない。誰にも会う約束はなく、期限の迫ったタスクもない。ただ、時間がたっぷりと横たわっている。
のそのそと起き出して窓を開けると、八月の終わりを告げる少し乾いた風がカーテンを膨らませた。
ベランダからは、遠くのグラウンドで少年たちが野球の練習をする金属バットの快音や、どこかの家から漂ってくるトーストの香ばしい匂いが運ばれてくる。
街全体が、それぞれのリズムで緩やかに呼吸をしているのがわかる。
ケトルに水を入れ、コンロに火をかける。ポコポコと小さな気泡が立つ音を聞きながら、戸棚の奥から少しだけ奮発して買った深煎りの珈琲豆を取り出した。
平日はインスタントで済ませてしまうけれど、今日くらいは豆を挽く時間そのものを味わってもいい。ガリガリと手回しのミルを引くたびに、部屋中に重厚で芳醇な香りが満ちていく。
ドリッパーに湯を落とし、ゆっくりと膨らむ珈琲の粉を見つめる。何もしない贅沢を噛み締めるための、完璧な準備。
マグカップを両手で包み込み、ベランダの柵に寄りかかって一口啜った。苦味の奥にある柔らかな甘みが、まだ半分眠っている身体に染み渡っていく。
何をしようか。本を読んでもいいし、気まぐれに電車に乗って見知らぬ街を歩いてもいい。
あるいは、このまま陽が傾くまで何もせずに過ごしたって、誰にも咎められはしない。
カレンダーの青い数字がくれた自由を、僕は手のひらの中で転がすように、静かに楽しんでいた。








